苦しみから解放される道は、

苦しみを避けることではなく、

苦しみの正体を見ることから始まります。

 

 

智慧の種をまく者、バイマーイです。

皆さんとご縁ができること、嬉しく思います。

 

 

 

 

 

 

 

私は、「苦しみの旅」をずっと歩んできました。

 

対人恐怖

原因不明の体調不良、

失恋による鬱

自己否定

将来の不安

 

そして、

そもそも「生きる」とは何なのか。

 

 

長い間、

その問いだけを抱えて、生きてきました。

 

苦しみから逃れたくて、

答えを知りたくて、

 

心理学や仏教との縁の中で

自分の心を何年も何年も観続けました。

 

 

そしてついに、その答えに辿り着きました。

 

「苦しみ」とは、心が生み出す錯覚に過ぎなかったと。

 

長い長い苦しみの旅が、ようやく終わった――

私は、そう確信しました。

 

この体験を元に、

「苦しみから解放される智慧の種」

をまく活動を行っています。

 

 

 活動の趣旨

 

あなた自身が、「苦しみとは何か」の答えに辿り着けるよう、智慧の種をまく。

 

ただそれだけのために、この場を開いています。

 

分かっているようでよく分からない、

それが「苦しみ」。

 

でも、心を理解することで、苦しみは姿を消します。

 

私が、この活動で大切にしている言葉があります。

 

それが、仏教でいう「善友」です。

 

 

 善 友

 

善友とは、仏教の言葉で、

 

・正しい道理を教え、苦しみがなくなる方向へ導いてくれる人(師匠)

・仏法(真理)について語り合い、共に学ぶ仲間(法友)

 

を指します。

もう少し具体的に表現すると、

 

・正しい方向に導いてくれる師

・より良い人間になろう、心を高めようと、精進する動機づけをしてくれる人

・良い影響を与えてくれる人

・心を清らかにし、苦しみを滅する為に、共に修行する仲間

・時に、耳に痛いことも言ってくれる存在

 

といった定義になります。

 

ブッダは、善友について、次のように、おっしゃられています。

 

善き友、善き仲間とともにあることは、

聖なる道(仏道)の半ばではなく、その全てである。

善き友をもち、善き仲間の中にある者は、

聖なる道を修め、成就することは、もはや約束されているからだ。

 

つまり、ブッダは、苦しみから解放されるために、

「善友の存在が全てだ」

と、言い切られているのですね。

 

私は、善友の皆さんに智慧の種が届くよう、活動しています。

 

そして、私自身、

「苦しみから解放されたい」

と願う、生きとし生けるものの善友でありたいと思います。

 

私の自己紹介がてら、これまでの歩みをnoteに掲載していますので、

ご興味のある方は、まずはこちらをご覧ください。

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