37章 「善友」の大切さ

 

この頃は、

・アチャン・チャー師、スティサート師をはじめとした、タイの比丘(僧侶)

・在家信者の修行風景

等の写真を、A4サイズにたくさんプリントアウトして、

家中の壁に貼っていました。

 

自分がタイで修行しているような雰囲気を、出したかったからです。

 

「疲れたな~、サボりたいな~」と思っても、壁に貼られた写真を見て、

「みんな、頑張っているのだから、私も頑張ろう!」

と、やる気を頂き、1人でも孤独感を感じることなく、

挫折することなく、修行に専念できました。

 

「お会いしたことはなくても、私には心強い師匠がいらして、

一緒に切磋琢磨する仲間がいる」

そんな、想いでした。

まさに、「善友」ですね。

 

 

善友とは

「正しい道理を教え、苦しみを無くす方向へ導いてくれる人(師匠)」

を指します。

 

また、

「仏法の話の出来る仲間、法友」

も、善友と言います。

 

仏教徒にとって、1番の善友は、ブッダです。

まとめると、善友の定義は、以下になります。

 

・正しい方向に導いてくれる師

・より良い人間になろう、心を高めようと、精進する動機づけをしてくれる人

・良い影響を与えてくれる人

・心を清らかにし、苦しみを滅する為に、共に修行する仲間

・時に、耳に痛いことも言ってくれる存在

 

 

ブッダは、善友について、次のように、おっしゃられています。

 

善き友、善き仲間とともにあることは、

聖なる道(仏道)の半ばではなく、その全てである。

善き友をもち、善き仲間の中にある者は、

聖なる道を修め、成就することは、もはや約束されているからだ。

 

つまり、苦しみから解放されるためには、

「善友の存在が全てだ」

と、言い切られているのですね。

 

私も、実際にお会いすることは無くても、

 

・ブッダ

・絶対的師匠であるアチャン・チャー師

・スティサート師、

・遠くで一緒に切磋琢磨する仲間

 

の存在から、とても大きな影響を受けました。