30章 名色分離智(「気持ち・感情・思考」と「気づき」の分離)

 

「身体」と「心」が分離したような感覚になり、肉体的な苦痛に、心が左右されなくなると、

様々な気持ち・感情にも、巻き込まれなくなっていきます。

 

例えば、

・怒りが生じても、「怒りが生じたなあ」

・悲しみが生じたら、「悲しみが生じたなあ」

・楽しいという気持ちが生じたら「楽しという気持ちが生じたなあ」

・様々な思考が生じたら「思考が生じたなあ」

 

こんな感じで、終わりにできるようになり、思考を膨らますことが、少なくなりました。

 

様々な気持ち・感情・思考が生じますが、

・「気持ち・感情・思考」

・それらを認識する「気づき」

を、分離できるようになったのです。

 

気持ち・感情は、

シャボン玉のように生じては消えていくもののように、

感じるようになりました。

 

これは、肉体的な感覚も同様でした。

 

「身体の感覚も、気持ち・感情・思考も、

シャボン玉のように、生じては消えていくもの」

になったのです。

 

そうなると、シャボン玉に執着しないように、

身体の感覚にも、気持ちや感情にも、あまり左右されないようになり、

心が楽になった感覚が、強くありました。

 

身体や心がどういう状態でも、放っておいて、明るくいられるようになったのです。

 

 

それから何年も経ってから、この、

「認識対象」と「気づき」

が分離したような感覚が、

 

仏教で言われている

「名色分離智(みょうしきぶんりち)」

だったのでは、と思うようになりました。

 

「名」は物質現象。

肉体の物質的。重さ、痛み、めまい、暑さ・寒さな

などを指します。

 

「色」は精神現象。

生じてくる感情、思考、そして認識する「気づき」

などを指します。

 

 

分離することで、認識対象に一体化せず(巻き込まれなくなり)、

心は安定していきます。

 

ヴィパッサナー瞑想をすると、段階的に16の智慧が生じると言われています。

 

※15番目の智慧を「果智」といい、涅槃を経験し、全ての苦しみから解放される智慧となります。

 

名色分離智は、ヴィパッサナー瞑想で得られる16の智慧のうち、

最初に現れる智慧であり、恐らく、最も重要な智慧です。

 

名色分離智が生じれば、いずれは16番目の智慧まで生じると言われています。

 

私は当時、仏教の学識がほぼなく、智慧のことも全く知りませんでしたが、

分離できるようになったことで、

一皮も二皮も向けたようような、心が成長したように感じました。

 

人生が変わる、大きな分岐点の1つとなったと思います。