なぜ心を観察するのか④「無明を晴らせば苦は消える」
苦しみの3つの原因「無用・渇愛・執着」
この中でも、特に重要なのが一番目の無明です。
無明が晴れれば、渇愛も執着も起こらないからです。
真理が分かれば、欲も自動的になくなります。
私はよく
「欲が苦しみの原因ですよ」
とよくお話しします。
でも、
「欲を手放そう」
としても、なかなか上手くいきません。
ある程度はできます。
でも、必ず頭打ちになります。
重要なのは、欲を何とかすることではありません。
無明を晴らすことです。
真理が分かれば、欲は自然と手放されます。
さきほどのシャボン玉の例で言えば、
小さな子どもに、
「シャボン玉にしがみついているから苦しいんだよ。だから、その欲を手放そうね」
と言っても、手放せません。
そうではなく、
「シャボン玉は消えてしまうもの」
「自分ではコントロールできないもの」
これが本当に理解できれば、欲を持ち続ける必要がなくなります。
すると、欲は自然に手放されます。
だから、渇愛や執着を手放そうとするのではなく、
無明を晴らすこと。
これが、苦しみを解決するために重要なのです。
私たちは、何かに強くしがみついています。
でも、
「その欲は叶えられない。」
「やがて消えてしまう。」
「そこには実体がない。」
これが本当に分かった瞬間、その欲も手放されます。
これが、苦しみの仕組みです。
無明・渇愛・執着以外に苦の原因は無い
一般的に私たちは、
・自分が悪い
・他人が悪い
・社会がいけない
・親のせい
・病気
・災害
・貧しさ etc
様々な事柄を苦しみの原因にしようとします。
でも、それはすべて違います。
苦しみの原因は、
「無明・渇愛・執着」
この3つしかありません。
だから苦しまないためには、この3つを解決する以外に、絶対に方法はありません。
私たちが普段、「苦しみの原因だ」と思っているものは、幻の原因です。
幻の原因を解決したところで、苦しみはなくなりません。
その瞬間、1つの苦しみがなくなったとしても、すぐに別の苦しみがやってきます。
でも、無明を晴らしてしまえば、別の苦しみが出てくることはなくなります。
苦しみそのものがなくなるのです。
欲はどのように生じるのか
渇愛や執着、つまり欲ですが、
欲はどうして生じるのでしょうか?
根本的には無明があるからなのですが、
欲とは、快・不快によって生じます。
例えば、食わず嫌いの人がいたとします。
それまで興味がなかった食べ物を初めて食べてみました。
興味がなかったということは、その食べ物に対する欲がなかったということです。
でも、初めて食べてみたら「美味しい」という快感を得られました。
すると、
「この快感をまた味わいたい」
だから、
「この食べ物をもっと食べたい」
「この食べ物が欲しい」
という欲求が生じます。
初めてあるものを食べた
↓
美味しかった(快)
↓
また食べたい(欲)
このように、快感が生じると欲が生じます。
では逆に、不快感の場合です。
例えば、人に無視されたとします。
その時、「悲しい」という不快な感覚が生じました。
だから、
「この不快な感覚を味わいたくない」
「無視されたくない」
という欲が生じます。
無視された
↓
悲しい(不快)
↓
無視されたくない(欲)
更に続きます。
無視されないために、
「無理をしてでも人に合わせよう」
「頼まれても断らないようにしよう」
と、更に欲が膨らみます。
このように、不快な感覚を感じたくないということが、どんどん欲を広げていくのです。
