40章 「自分」という実体はない

 

熱心に瞑想をするようになって、3か月が経ったある日。

人生が一変するような経験をしました。

 

朝、寝具を片付けていた時のことです。

私は、毎朝、掛布団を、室内の物干しに干します。

その日も、掛布団を持ち上げ、物干しにかけようとしていました。

 

その時は、特段、身体の動きに気づきを伴わせていたわけでは、ありません。

TVが付いていて、アンチエイジングの特集をしていて、それを聞きながら、

「あ~老けたくないなあ」という想いが生じました。

 

そして、

「いかんいかん、コントロールできないことを、またコントロールしている」

と思った次の瞬間、

「未来なんて存在しない」ことを体感した時のように、

 

雷に打たれたように、電光石火のごとく、次の「5つのこと」を理解したのです!

 

 

1. 「時間」などと言うものは、存在しない

 

それまでは、「未来は存在しない」ことは体感して分かっていたけれど、

「過去は存在していない」という体感は、ありませんでした。

 

未来が思考の産物であるのだから、

過去も思考が生みだした幻想にすぎないことは、理屈の上では分かっていましたが、

体感は、していませんでした。

 

また、「今この瞬間」というものは、存在すると思っていました。

未来や過去は思考の産物であり、「今この瞬間だけがある」と思っていたのです。

 

でも、それも間違いだと分かりました。

「今この瞬間」も存在しない。

「今この瞬間」なんて言っている間に、それは過ぎ去っている。

 

ただ、何らかの関係性により、現象が生滅変化している、連続して起こる

「流れ」でしかない。

 

「過去」も、「今」も、「未来」も、無い。

「時間」などと言うものは、存在しない。

 

「時間」、「瞬間」、「ある時点」などは、

人間が勝手に定義した概念、

意思疎通のための方便に過ぎない。

 

川の流れに、始まりも終わりも無く、

川の水をコップですくっても、

「これが『川』です」とは言えないのと同じ。

 

ある瞬間を切り取って、

「これが、今この瞬間です」などと、言えるものではない。

 

ただ、流れがあるだけ。

始まりも終わりもなく、ただ、流れがあるだけ。

 

 

2. 人間は、4つのことしかできない。

 

人間は、次の4つのことしかできず、それ以外のことは、何もできない。

 

・生じた思考を「変えること」

(「思考」自体は自動で生じるので、生じる・生じないをコントロールすることはできない。)

 

・「意思を持つこと」

 

・気持ちや身体の感覚を「感じること」

 

・肉体の一部を「動かすこと」

 

これ以外のことを、人間がすることはできない。

 

※その後、「五蘊」という概念を知り、上記4項目の他、

「認識すること」「記憶すること」もできるのだと、分かりました。

 

 

3.一切のもの・現象は、「実体がない」

 

一切のもの・現象は、固定化されていず、実体がないもので、

様々な構成要素が組み合わさった、ある時点での

「状態」

に過ぎない

 

例えば、私達が「机」と呼んでいるものは、

プラスチックでできた脚、

木でできた板、

鉄でできたネジなどが組み合わさったもの。

 

更に細分化していけば、分子や原子レベルが絡み合ったもの。

そして、分子や原子は、一時もじっとせず、絶えず変化し続けている。

 

私達の時間感覚で見れば、「机」なるものは、変化していないように見えるが、瞬間瞬間、変化し続けている。

 

すこし長尺で見れば、机も傷ついていくし、色も褪せてくる。

10年単位で比べれば、目に見えて、明らかに変化している。

100年経ったらボロボロになり、「机」と認識できない形状になっているかもしれない。

 

一切のもの・現象は、そういった、様々な変化し続ける構成要素が絡み合った「状態」にすぎず、

「これ」といった固定化された「実体」が無い。

 

人間が勝手に、「ある時点での状態」を、「机」「ネジ」などと勝手に定義しているだけ。

 

時間と同じく、ただ、様々な構成要素が変化し続ける

「流れ」

があるだけ。

 

 

4. 「自分」なるものは存在しない

 

人間も、様々な構成要素が絡み合った「状態」に過ぎず、実体などない。

 

肉体、気持ち、思考、感覚。。。

これらが、瞬間瞬間、絡み合った状態を、

私達は「自分」なり「人間」と定義しているに過ぎない。

 

そして、これらの構成要素は、瞬間瞬間、変化し続けている。

 

肉体を考えれば、肉・血液・体液・内臓などに分類でき、

更に、タンパク質、脂質、糖などに分類でき、

最終的には、分子・原子レベルにまで細分化される。

そして、「机」と同様、一瞬たりとも同じ形状を保っておらず、変化生滅し続けている。

 

感情もしかり。

思考もしかり。

感覚もしかり。

 

一瞬たりとも、「同じ状態」を保つことはできない。

 

それらの集合体・状態を、どうやって「自分」、「人間」などと定義できようか。

 

・では、切った爪は「自分」か?

・床に落ちた髪の毛は「自分」か?

・1時間前に生じた怒りの気持ちは「自分」か?

・「あ~、アイス美味しかったな」と感じた気持ち・思考・味覚は「自分」か?

・「暑い」という感覚は「自分」か?

 

どこにも、固定化された「自分」などという実体は、存在しない。

 

あるのはただ、

その時その時の、肉体であり、感覚であり、気持ち・感情であり、思考であり、

「状態」に過ぎない。

 

そして、それらは、瞬間瞬間、変化しては、消え去ってしまうもの。

 

 

5.固定化された「実体」が存在しているか、人間には分かる能力が無い。認識した現象が世界となる。

 

私達は、「感覚」を通して現象を認識している。

でも、その感覚自体に実体が無い。

変化し続けている。

 

であるならば、認識している現象自体が、

・固定化されているものか

・実体があるかどうか

判断ができるはずがない。

 

だから、人間には、物ごとに「実体」があるか否かを、知る能力が無い。

 

言い換えれば、「認識した現象」が、その人の住んでいる「世界」ということになる。

その世界の外、認識できないものに、

もしかしたら実体があるかもしれないが、

私達は、それを知る手立てが無い。

 

上記の5つのことを、電光石火のごとく、一瞬で理解しました。

時間にすると、ほんの数秒の出来事でした。

まだ、掛布団を手に持ったまま。

 

この3か月、様々な智慧が生じていましたが、

「これは、かなり大きな智慧だ!」

と感じました。

 

忘れないようにメモしようと、急いで布団を物干しにかけ、

たった今、理解した内容を、紙に書き出しました。

 

この経験によって、人生が一変します。