16章 カンポンさんとタイの仏教

 

リトリート後のリバウンドで苦しむと共に、

相変わらず、体調不良にも悩まされました。

 

瞑想を試行錯誤しながら、

あわせて、テーラワーダ仏教関連の本も色々と読み、

心が楽になるヒントを模索するようになります。

 

 

その中で、タイ人の

「カンポン・トーンブンヌム」さん

の本に、強く心が惹かれました。

 

カンポンさんは、若くして事故で全身不随とない、頭と手しか動かせない身体になります。

16年間、苦しみの中で生き、その後、仏教の瞑想を始めて、

心の苦しみから解放された、タイでは有名な方です。

 

体調不良で苦しむ私にとっては、カンポンさんの体験は、非常に胸を打ちました。

心が苦しみでいっぱいな時、心が折れそうになった時、カンポンさんの本を読み、

 

「全身不随のカンポンさんが、心を楽にできたのだから、私だってできるはずだ」

と支えにしていました。

 

でも、心が明るくなるのは一時的で、

思考の暴走そのものは止まりませんでした。

 

心が明るくなって瞑想をしても、

すぐに体調不良に負けて瞑想もできなくなり、絶望感が生じる。

そして、思考はますます暴走する。

その繰り返しでした。

 

 

「あー、苦しいよー

なんで、自分だけこんな苦しんだ

一生、このまま、体調が治らないのかなあ

働けなくて、どうやって食べていけばいいんだろう

生活保護、受けられるのかなあ

少なくとも、カンポンさんは周囲の人の支援があって働かなくて良いんだから、

この体調でも働かないと生活できない自分のほうが、大変なのではないのか?」

 

こんな、様々な思考で、心を苦しめていました。

 

それでも、カンポンさんの存在は、

「こんな自分でも、いつかは苦しみから解放されるのでは」

と思わせてくれる、希望の星でした。

 

 

カンポンさんの本を読むまでは、

ミャンマーやスリランカの僧侶や、その地で修行された方の本を読むことが多く、

仏教に対して、「厳格」

というイメージを強く抱いていました。

 

でも、カンポンさんの本をキッカケに、タイの仏教を知るようになると、

厳格さだけでなく、

「優しさ、自由さ、柔軟性、包容力」

を感じるようになります。

 

タイの文化・国民性が影響しているような気がしました。

タイの仏教に、より親近感を抱くようになります。

 

 

そのうち、タイの「スカトー寺」というところで、

日本人でも自由に瞑想修行ができることを知ります。

 

思い立ったら即行動タイプの私は、すぐに行きたくなり、

数か月後、念願のタイに、瞑想修行に行けることになりました!