心がざわめくのは、何を失いたくないからか
大きな出来事が起きたとき、私たちの心はざわめきます。
不安になったり、恐れたり、取り乱したり。
では、なぜ心はざわめくのでしょうか。
先日、そのことを深く考えさせられるお話を伺いました。
隣家が火事になっても、心が動かなかった
セッションが始まるや否や、クライアントさんがこうおっしゃったのです。
「実は一昨日、家が火事になりそうになったんですよ」
詳しくお話を聞くと、隣の隣の家から出火し、その周囲の家3軒ほどに燃え移って、全焼してしまったとのこと。
クライアントさんの隣の家にも火が回り、風向きが違っていたらご自宅にも燃え移っていたかもしれないという、かなり大きな火事だったそうです。
幸い、風向きのおかげで、ご自宅は雨どいやひさしが少し焼けた程度で、ほぼ無傷で済んだとのことでした。
家が燃えるかもしれないのに、心がざわめかない
火事が起きたのは昼間で、クライアントさんは仕事中でした。
ご家族から連絡があり、かなり取り乱した様子で火事の状況を伝えられたそうです。
ところが、クライアントさんご本人は、まったく心がざわめかなかったというのです。
隣の家にまで火が回っていると聞いても、
「今、自分が帰ったところで、特にできることもないし、別に帰らなくてもいいかな」
そんなふうに考えていたそうです。
そのやり取りを聞いていた職場の方々のほうが驚いて、結局、ご自宅に帰ることになったそうなのですが、
ご家族がかなり動揺している中でも、ご本人は終始冷静で、
火事から2日後のセッション当日も、まったく心がざわめいていないとのこと。
「家が燃えてしまったとしても、別に困ることはないんですよね。
高価な洋服を持っている訳でもないから、燃えても困らないし。
家がなくなったら、とりあえず知人の家に住まわせてもらえばいいし。」
そんなお話をされていました。
そして、逆に私に質問されたのです。
「こんなに心が動かないのは、セッションの成果なんでしょうか?」
今までだったら、こんなに冷静でいられることはなかったそうです。
以前なら、家族のように取り乱していたかもしれない。
でもセッションを通して、心を扱う練習をしてきたからこそ、
今回は、最初から最後まで、ほとんど心が動かなかったのだろうと。
私はそのお話を聞いて、本当に感銘を受けました。
俯瞰して観る
クライアントさんは、ご自身の状態について、
「俯瞰して物事を見ている感じだった」
とおっしゃっていました。
恐らくは、まるでテレビを見ているかのように、現実の出来事を少し離れたところから眺めていたのだろうと想像します。
だからこそ、これほど冷静でいられた。
火事という大きな出来事が起こっても、自分自身が巻き込まれていない。
そこから不安や恐怖が膨らんでいかない。
その話をお聴きしながら、
「いや、私だったら、もう少し心が動くだろうな」
と思いました。
もちろん、パニックになることはないと思います。冷静ではいるでしょう。
でも、興奮したり、
「ああ、火事になったら嫌だな」
という気持ちは、きっと出てくると思います。
だからこそ、このクライアントさんの心のあり方に、とても学ばせて頂きました。
火事の映像を通して、心を鍛える練習へ
全国ニュースになっていたとのことで、セッション後、ネット記事を観ました。
消防隊による消火活動の様子を、約30分間撮影した動画が掲載されていた記事があったのですが、観てみると、想像していた以上に大きな火事でした。
恐らくクライアントさんの家であろう目の前が大火事で、周囲の家々が全焼していく。
その映像を観ながら、
「目の前でこれほどのことが起こっても、まったく動揺しなかったなんて、やっぱりすごいな」
と、改めて感銘を受けました。
そして、私自身も見習いたいと思い、その動画をyoutubeに保存してしまいました。
この映像を見ながら、
「こんなことが起こってもいいんだ」
と、自分の心を見つめ、執着を手放す練習をしようと思ったからです。
心がざわめくのは、何かを失いたくないから
なぜ私たちは、このような出来事に直面すると、動揺するのでしょうか。
それは、
「何かを失いたくない」
「嫌な目に合いたくない」
といった執着があるからです。
例えば、私自身が今、火事に遭ったとしたら、
「必要なものが無くなってしまう」
「今の生活ができなくなってしまう」
「お金がかかる」
そんな思いが浮かんでくると思います。
そして、何かを失うことや、生活環境が変わってしまうことに対して、
「嫌だな」
という気持ちが生まれます。
つまり、家が燃えるという出来事そのものではなく、
「今の生活を失いたくない」
「今の状態が続いてほしい」
という欲が、心のざわめきを生み出しているわけです。
でも、よく考えてみれば、私たちは何ひとつ、永遠に持ち続けることはできません。
家も、持ち物も、生活環境も、すべては変化していくものです。
仏教でいう「無常」です。
それなのに、私たちは無意識のうちに、今あるものを失ってはいけないと思い込んでいます。
そして、その思いが現実とぶつかったときに、苦しみが生まれるのです。
ですから、この動画をみて、
「別に失っても問題ない」
「環境が変わったら、その環境で生きていけばいい」
そんなふうに、欲や執着を手放す練習をしています。
出来事に振り回されない心を育てるために
今回のお話から、ぜひ参考にしていただきたいことが、3点あります。
①物事を俯瞰して見る
私たちは、何かが起こるとその出来事に意識を奪われ、さまざまな思いや感情に巻き込まれてしまいがちです。
例えば、今回のような火事が起こったとき、
「家が燃えてしまったらどうしよう」
「これからどうやって生活すればいいのだろう」
と、まだ起きてもいないことまで考えて、不安や恐怖を膨らませてしまいます。
そんなときこそ、少し離れたところから、今起こっている出来事を眺めてみるのです。
そして、自分の心が動いたときには、その心も俯瞰して観察してみてください。
「ああ、今、不安になっているな」
「家が燃えてしまうことを恐れているな」
そんなふうに、自分の心に何が起こっているのかを、冷静に見つめていくことが大切です。
②その苦しみが、何に対する執着から生まれているのかを理解すること
家が燃えることに不安を感じるのであれば、そこには
「家を失いたくない」「今の生活を変えたくない」
という欲があるはずです。
つまり、火事という出来事そのものではなく、その出来事に対して生じた
「こうなってほしくない」という欲が、苦しみを生み出しているのです。
③普段から心を鍛える練習をしておく
突然、今回のような火事にあったら、冷静でいられる自信はありますか?
災害大国の日本では、「普段から備えましょう」と言われていますよね。
心も同じです。
普段から訓練していなければ、突然何かが起こった時、すぐに苦しみを感じてしまうのです。
私が、今回の動画を観て心を鍛えると書いたのも、まさに平時の訓練です。
普段から訓練しなければ、すぐに心は苦しみに巻き込まれます。
人は、苦しみを感じてる時は、「何とかしよう」と心を訓練することに意欲的になります。
でも、あまり苦しみを感じていないと、すぐに怠けてしまうのです。
今、心が平穏な時間が多ければ、むしろ訓練する絶好の機会です。
このクライアントさんは、心の扱い方を学び、日々訓練していました。
その成果が、大一番で発揮されたのです。
このように、自分の心を観察し、何に執着しているのかを理解していく。
そして、その執着を少しずつ手放していくことで、
私たちは出来事に振り回されない、自由な心へと近づいていきます。
